宮沢賢治と自費出版

著名人で自費出版をした人達として名前が挙がるのは、古くは若山牧水や萩原朔太郎などの多くの詩人達、伊藤整や『大菩薩峠』の中里介山、『破戒』の島崎藤村などの作家達、民俗学者の柳田国男も初期の作品は自費出版として世に問うています。
しかし、なんといっても生前に出した本2冊が、どの出版社からも見向きもされず、いずれも自費出版であった宮沢賢治は、その代表格と言えるでしょう。
今や宮沢賢治の名前を知らない人はいないと思いますが、当時は岩手県の農学校の一教師にすぎませんでした。
大正13年(1924年)12月、東京の光原社から一冊の童話が出版されました。『注文の多い料理店』と題されたその本は、四六判194ページで1円60銭という定価で出版されました。1000部の印刷コストを宮沢賢治が負担して世に上梓されたその本は、残念ながらほとんどが売れず、古本屋にたたき売りに出され、神田の古書店街に山積みだったという逸話が残っています。
その年、宮沢賢治は詩集『春と修羅』も関根書店から出していますが、こちらも北原白秋や高村光太郎という当時活躍していた詩人達に献本してみましたが、何の反響もなく、ほとんど売れ残りました。
それから37歳で亡くなるまでの9年間、一冊も世に本が出ることはありませんでしたが、同人誌などに書き続けた情熱が、やがて知人達の手で世に送り出され、今や日本で最も有名な童話作家であり詩人として知れ渡ることとなりました。




宮沢賢治童話大全新編宮沢賢治詩集子ども版 声に出して読みたい日本語 1 どっどど どどうど 雨ニモマケズ/宮沢賢治

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